ふたりの老婆
街は、新年を向かえ、、、行き交う人々は新しく始る未来に何かしら・・の期待を込めて会社へと向かう。
服装も平常とは違って、少し 新年の挨拶向けのおしゃれな服装だ。
大抵、新年には、昨年と同じのを着て居心地の悪い思いをせぬように、暮れに新年用のスーツを準備しておく。
この年、上は 黒生地に千鳥格子柄で襟なし、全体的にところどころ華やかさを演出してくれる金色がボタンであったり、柄の中に少し入れてあった。
スカートはおそろいのごくシンプルな黒地のタイト。
そんなスーツを着て颯爽と歩いていたわたしが、会社がもうすぐそこに・・という手前の横断歩道で信号待ちをしていたときのこと。
視界の中に、新年にはふさわしくない・・というのが、すぐに分かる人物を捕らえていた。
しかし、それはちらっと一瞬見ただけで(他の人たちと一緒に見えてしまったのだからしようがない)、もうその人のほうに視線は一度も向けなかった。
その人は、 浮浪者(老婆)であった。 人力車のような小ぶりな荷車を引いていたように思う。
新年というにはあまりに異質な空気をまとった存在。
横断歩道で擦れ違いざま、その老婆がわたしに向けて '唾' を プッと かけた。
そして何かぶつぶつ云いながら 歩道を歩いて過ぎていった。
最初、何が起きたのか分からなかった。
その次に、あぁ 自分は唾を吐かれたのだ・・と 悟った。
そして思ったのは。
「なせ゛・・わたしが?」でした。
きれいに着飾ったわたしへの 嫉妬?
それとも、自分のことをわたしが凝視していたと 錯覚してのこと?
今も わたしの中では謎なのだ。
前世で わたしは彼女に何かひどいことでもしていたのだろうか?
もし、ただ、新年用に・・年に一度の ’おしゃれ’に腹がたったというのなら、あまりに理不尽な行為ではないか。
そのせいか、老婆の浮浪者・・と云えば、イメージするのは あの お婆さんの姿、そして彼女の許し難い行為。
季節は9月、まだまだ残暑の残るある日のこと。
車から降りようとしていた時に遭遇した光景。
おだんご屋さんにひとりのお客がいて、ちょうど買い物を終えて帰ろうと自分の自転車に視線が。
その側にふらふらっと 薄い夏物の綿のパジャマを着て、透明の小さなビニール袋(の中は着替え?)を手にした老婆が寄って行った。
そのお客さんの自転車に乗せてある袋に触りはしないけれど、触りたそうな素振りを示した。
そのお客は 嫌そうな物腰で自転車に乗って動かした。
次に老婆は、店の中に入り、物欲しそうな素振りをしたが、ふらふらっと また店を出て、歩き出した。女店主は、係わり合いになっちゃぁ 大変と 眉を顰めて奥に入ってしまった。
-お腹、空いてそう。
-どうしようか。。
財布の中に千円札、あったっけ?^^;
千円札なら 自動販売機で ジュースだとかお茶も買えるわよね・・。
いっ、、いくらにしようか・・。
3枚あった・・・3千円を何かに包んであげよう。
ハンカチ・・・ありゃ^^; 今 額の汗、拭いちゃってたよっ。
ビニールケース入りのティッシュがある・・これがいい。
この中に お金を入れて手渡そう。
速攻・・小走りに走った。
振り向いた老婆。
「おばあちゃん ・・ お腹空いてる?」
おばあさんは コクンと 頷いた・・・ ★
「これね、千円が3枚入れてあるから失くさないでっ。」
「なんか、これで買って食べてね。」
おばあさんは、「どこの奥さん?」って 2度、わたしに聞いた。
わたしは何も答えず(云えず)、微笑んだだけでその場を後にした。
ほんとは、ちゃんと お茶かジュースを買って、渡してあげればよかったのかもしれない。
すぐ側の交番に一緒に行ってあげて、どうしたらいいのか橋渡ししてあげればよかったのかもしれない。けれど、交番や役所に相談して皆が普通の日常を取り戻せるのなら、日々、食べて、寝るだけに精一杯になってアプアプしている 'ネットカフェ難民'なんていないだろう。
もう年金を貰っていてもおかしくない年齢に見えた。
はちゃめちゃな人生で堕落してしまったのか?
まじめに生きてきたのに、不運が続いて根無し草になってしまったのか?
もっと 何か寄り添って、手助けしてあげられることがあったかもしれない。
その反面、見ず知らずの人間に接触するという不安もある。
その人の全てに拘わる度量も気力も経済力もいない。
マザー・テレサには到底なれない。
けれど、 何度か、すかした そのお腹に何かを詰め込むことができるなら・・・ほんの数えるほどの小さな幸せ感かもしれないけれど・・・それだけでも・・・という願いを込めて。