夏の終わりに黒崎さんのオメデタのニュースと併せて退職す
る事を知った。春先の結婚が決まった頃、いろいろ知り得た
事がある。この結婚には設樂課長の押しがかなりあった事、
家族ぐるみという形での紹介があった後、弟さん本人はモチ
ロンの事、課長やご両親達からのモーレツなラヴコールがあ
った事。
皆から祝福されて結婚した黒崎さんは、きっとご主人や
ご家族から大切にされているのだろう。妊婦になり、来年の
まだ寒さのぬけない頃に出産を予定しているそんな設樂家
は輝かしい年を迎えることだろう。
当初はもっと早くに母からの呪縛から逃れていれば、あかね
との明るい未来があったかもしれない、そういう思いに捉わ
れ、やりきれなかった。
だが今は違う。笹原家から受けた仕打ちと設樂家から大切に
されている状況を目の当たりにしてみれば、黒崎あかねの為
には、これで良かったのだと心から思えるようになった。
人の心の持ち方ひとつで他者を幸せにも不幸にもできる。
自分の母親は残念ながら他者を不幸せにしかできない体質
のようだ。
やっと黒崎あかねとの事を自分の心の中で本当の意味で決着
つけられるようになった頃、政恵があかねさんとでもいいわ
よと、何をトチ狂ったのか連絡してきた。
「どうせ、あかねさんまだ独り身でしょうから私が許したと
言えば喜んであなたの元へ帰ってくれるわよ。」
「遅いんだよ、もう。何言ってるんだ、いい加減にしろよ。
彼女はとっくに再婚して子供にも恵まれて、その上相手の
ご両親からも、とても可愛がられて幸せな結婚生活送ってる
んだから・・。母さんがバツイチと蔑んだあかねさんは他所
の人達からは、熱望されるような優良物件だったんだよ。
見る目を持たない親を持った僕は哀れなもんだよ。年上の女
なんて子供も持てるかどうか判らないって言って反対したよ
ね。どうだいっ、あかねさんは来年には可愛い赤ちゃんが生
まれておかあさんになるよ。対して僕はどーだい?な、母さ
ん僕は?妻も子もなくて寂しいもんだよ。僕の未来の予想つ
かなかった?
人の心はそんな上手くいかないって事、そんな簡単な事が
判らないんだ、アンタって人は。
本当は判ってる。自分にいくじがなかったせい。予測があまか
ったせい。自分こそがあかねさんを軽く見てたんだ。半年や
一年、待っててもらえるはずだってね。
彼女を熱望する誰かがいるなんて思いもしてなかった。
バツイチで年上だからね。母さんだけのせいじゃないって
判ってる。
もっとちゃんと彼女と向き合って、彼女の手を強く握って
放しちゃあいけなかった。欲しいものは、大切なものは、
手放しちゃいけなかったんだ。この先あれほどの情熱で人を
好きになれる日はもう二度と来ないだろう。」
僕の後悔に母は何も言えなかった。
政恵の事を多少なりとも不憫だと思わなくもなかったが
先ほどの、どうせ発言で迷いは払拭された。兄や父に続き
自分も完全母親の前から去る事(連絡先不明)を決意した。