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「母さん、もう見合いは止める」
そう政恵に竜司が宣言したのは12月の末、あかねから本当の
別れを切り出された翌々日の暮れも押し迫った寒い日の事
だった。
「どうしたの竜司、まだあと2~3人候補の人がいるのよ
ううん、あと1人でもいいわ、そんな事言わないで頂戴。」
「いや、もういいんだ。黒崎さんとの結婚も付き合いも止め
る。見合いまでして好きでもない相手とどうこうする気もな
いし。そもそも見合いは黒崎さんと結婚したいが為にしてた
だけだし、もうする必要もなくなった訳だから。」
「何言ってるの、黒崎さんとの結婚を止めたのなら、尚更
お相手を見つけなきゃ。ほらこれ見て、年は27才見た目も
そこそこおきれいでお勤めは○○銀行でお父様は○○○会社
の専務でらして釣り合いから言って申し分のないお相手なの
よ。会うだけあってみなさい。」
「母さん、しないったらしない。もう僕の事は諦めてくれ。
この先結婚は、たぶんしないと思う。反対してた結婚がな
くなったんだからうれしいでしょ。」
力無く竜司は政恵に再度そう言うと、足早に自分の部屋に向
かった。その竜司の後ろ姿をなんとも表現し難い表情で見送る
政恵がその場に佇んでいた。
年を越してからも執拗に政恵から見合いを勧められたが竜司
は、首を振るばかりだった。
ある時竜司が言った。
「母さんはどうして僕が黒崎さんとの結婚を止めたのか
聞かないんだね?」
「どうしてって、もちろんあなたから断ったのでしょう?」
「断られたんだよ、僕のほうがね。」
「何なのそれ、何様のつもり、あの女。」
「止めてくれよ、母さん。頼むからこれ以上彼女の事を悪く
言うのは。顔合わせの日、僕や父さんの居ない所で彼女に
酷い事言ったんだろ?黒崎さんが別れを選んだのはあの日の
母さんの言動にあるのは確かだと思う。」
「何言ってるの、反対だっていう事は皆の前でも言ったし、
黒崎さんとふたりきりの時も確かに言ったけど、ひどい事は
言ってないわよ。」
「そんな嘘ついても駄目だよ、知ってるんだよ。母さんが
どんな酷い事を言ったのか全部。」
「そんなの嘘よ。言った本人だって今一言一句思い出せない
のに。黒崎さんにあること無い事言いくるめられてるのよ、
全く。」
「嘘ぶくっていう事は、母さんが黒崎さんに酷い事を言い放
ったと言う自覚はあるんだね。僕はね、母さんには失望して
いる。あんな信じられない非道な言葉を投げつけるような人
の息子に愛情も好意も一瞬で木っ端微塵になった事だろう
よ。長い間、その事を言い出せなかった彼女にとった僕の
言動も今なら何てマヌケな事だったのなと判るよ。何も察す
る事の出来なかった僕は彼女との結婚を夢見て、母さんの
同意がほしくて見合いまでしていたんだから。まるでピエロ
だよ、ハハハっ。」
そう言いながら竜司は乾いた笑いを零した。
たまたま、このふたりのやり取りをいつもより早く帰宅して
いた兄の稔が聞いていた。帰って行く弟を追いかけて行った。