竜司の兄、稔の結婚の時もいろいろと難癖をつけゴネた挙句
に、同居を条件にしぶしぶ結婚を許した政恵だ。今回の竜司
の結婚では相手が年上だということで更に政恵の言動は
ヒートupしている。その様子から兄、稔は自分の妻、知沙子
にも自分のいないところで母親が何かしでかしているのでは
?と今まで思わなくはなかったが、知るのが怖くて逃げてい
た事に遅まきながらちゃんと知沙子の気持ちと向き合ってお
かなければならない時が来たのだと悟る。
自分の収入は世間一般よりも多いほうだと思うのが、保育園
にひとり息子の光が4才の時から入園させ、妻は働きに出る
ようになった。
実はその事も気になっていたのだ。そんなに慌てて働きに
出なくても、せめて光が10才頃までは家にいて専業でいい
じゃないのかと提案したのだが就職には、1つでも若い時の
ほうが有利だからと言い張って譲らなかった経緯がある。
子供のいない休日、思い切って知沙子に自分の母親とはうま
くいっているのか、恐る恐る尋ねてみた。当たってほしくは
かったけれど、よもやの離婚の準備をしていた事を知った。
その理由の1つに今回の黒崎さんへの仕打ちもあるのよと、
妻は言う。
「私達の時も随分反対されたわよね!あなたとの結婚を許し
て貰えるならと同居したけれど・・もう随分前から耐えられ
ないような事が続いているの。だから働きに出る事にしたの。
本心はね、私だって光とじっくり自宅で育てたいわ、だけど
お母さんと四六時中同じ家にいると息が詰まりそうで、そん
な理由で働きに出たんだけど、収入を得たり社会と繋がりを
持ったりした事で、この家を出て行くっていう選択肢も増え
た。」
「お袋の気性は俺も判っているつもりだ。俺は君が何も言わ
ない事をいいことに、ふたりの問題から逃げてたんだなぁ。
ごめんなっ、知沙子。この家出よう!」
「えっ、ほんとに?」
「今までよく頑張ったよ、あんな気難しいお袋と一緒に8年
余りも暮らしてくれたんだからね。家に居て専業に戻るも
よし、このまま働いてもよし。これからは君の意思を尊重して
協力していきたいと思ってる。」
「でも、お義母さん許してくれないわね。」
「もう関係ない。具体的にこの計画を進めよう、善は急げだ。
目ぼしい賃貸を探しておいて、お袋が旅行で家を空けた時に
出て行こう。お袋の話はその後だ。こうでもしないともう俺達
この家から出て行けないさ。」
「よく判ったわ。私、あなたとお別れしなくっていいのね。」
「止めてくれよ、俺めっちゃ知沙子のこと愛してンの、離れる
訳ないだろう。ほんと心臓に悪いって。離婚考えてたなんて
告白されて、心臓がバクバク鳴ったさ。知沙子ごめんな、お
袋のキツイ言動で悲しい思いさせて。
知沙子はこのところずっと、自分の将来の事をあれこれ考え
て胸を痛めていたのだろう。ほっとしたのか、彼女の目から
はポロっと一粒涙がこぼれた。その零れた涙を指で掬って
俺は瞼にそっとくちづけた。
自分の第六感は正しかった。間に合ってよかった。自分の
ほうは何とかなりそうだが、問題は竜司の事だ。
弟思いの兄は母親と弟のやり取りを横目に密かに心配して
いた。