「そうだね、ほんと本人がいないや。」設樂課長が今気が
付いたみたいにぽそっと言うと、奥さんやご両親も
あっ、ほんとねって笑い合った。
この流れに身を任せていれば私はきっとこの先、この人達と
家族になって毎年一緒にクリスマスパーティをし、初詣に行
くのだ、と思った。
設樂家の人達には掻い摘んで話をしただけなのだが
あかねはつらい思いをたくさん経験して前の夫と別れた
のだった。借金癖が治らず離婚したあかねの元夫は
紺野翔太37才大学の同級生で結婚生活3年間は夢のように
幸せだった。だが、ある日仕事帰りにパチンコ好きの同僚
から誘われてパチンコに行った日から人が変わったように
パチンコにのめり込んでしまい、給料のほとんどをつぎ
込み、毎日のように通うようになってしまった。
行くのを止めるように言うと、その時は、もう止めると言う
のだが、3日も我慢できずにパチンコ店に入りびたりになって
しまうの繰り返し。
給料だけでは足りなくなった紺野はサラ金にまで手をつける
始末。義両親に謝られ支払ってもらったが、50万、100万、
3回目は450万円だった。この頃になると姑から意外な発言
が飛び出すようになっていった。
毎日一緒にいてどうして息子のパチンコ通いを止められない
のか。あかねさんにも大いに責任があるはずと言い出し、
私達は今後一切息子の借金の肩代わりはできないと
言ってきた。
肩代わりしてやりたくても財産も底をつき、できなくなった
のだろう。何度も助けて貰った。あかねは何も言い返す事が
出来なかった。
どうしよう、どーしたらいい?こんな不安定な生活続けて
いたら子供だって持てない。私達に将来などない。止める
ように何度促しても暖簾に腕押しの夫。借金さえ、パチン
コさえしなければやさしくて良い夫なのだ。どうにか立て
直す事はできないのだろうか。
借金、パチンコをしなければいい夫。果たして借金を止め
ずパチンコを続けるような男が良い夫と言えるのだろうか!
良い夫のはずがない。生活基盤を根本から崩している人間
が、精神的に弱い弱い人間が良い人のはずがない。
そんな事とうの昔にあかねにも判っていた。毎日苦し思い
で過ごしていたある日、またもやどこぞで借りていたとい
う借金の取立てが始まった。今度は650万円。
『翔太、どうするの?もう無理だよ。こんな事続けてたら
私達に未来はないよ。』
「ごめん、あかね。止められないんだよ。パチンコがどう
しても止められない。命を取られる位にならないときっと
駄目なんだと思う。だから両親と同じように僕を捨ててく
れ!」夫はそう言って離婚届を置いて家を出て行ってしま
った。
私のバツイチの理由はそんな信じがたい嘘のようなつまらな
いものだった。離婚後義母からは謝罪の手紙が届いた。
「あなたの人生をムチャクチヤにした息子とそんな息子を
更生させる事ができなかった我が身を許してほしい。」と。
私はそれでもまだ夫の事が好きだった。悲しい別れだった。
しばらくは誰かと付き合う事など、まして再婚など考えられ
なかった。夫が恋しくてしようがなかった。確かに時は私の
心を少しずつ癒してくれたけれど、夫の事を忘れることが出
来たのは竜司と付き合うようになったからだった。