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設樂家のクリスマスパーティーに行った日から数日後、笠原
と一旦交際を止めてから1ヶ月半が過ぎようとした頃、久し
ぶりに笠原くんと会社帰りにお茶する事になった。
「今日定時に終われそうなんだ。黒崎さんのほうはどう?
少し話しておきたい事があって。もし今日駄目なら都合のい
い日に一度話したいんだ。」
『じゃぁ、私も何とか今日定時で終わらせるね。』
私達がよく利用していたコーヒーSHOPで待ち合わせをした。
久しぶりにあかねと2人で会う為、竜司はうれしくもあり
少し緊張していた。
「あれから2人の女性(ひと)とお見合いしてね。
見事2人から断られてこれで母も諦めてくれるだろうと思っ
ていたら、これで最後にするからって3人目の釣書を持って
きたんだ。なんとか1月中にめどをつけようと思ってたんだ
けど2月に跨るかもしれないから黒崎さんに知らせておこう
と思って。」
この先にふたりの将来はないものとすでに心の中で決めてい
たあかねは、厳しい現実が何も見えていない竜司にどんな風に
伝えればいいのだろう、という思いがあった。
『笠原くん、大変そうね。』
「まぁね、でも僕達の未来の為だと思えばこれくらいはね。
それよりも黒崎さんと今は付き合っていないというこの状態
のほうがキツイかな。こんな風に思ってるのは僕だけかもし
れないけど。」
少し疲れている様子で笠原くんはそんな風に言った。
どう反応したらいいのか困った。
『笠原くんが続けて2人の女性(ひと)から断られるなんて
おかしいね。何かした?』
私は少しの興味もあって話題を変えた。
「したね。僕は最初から結婚をしない前提で見合いするとい
う不誠実な事をしている訳だからせめて相手の女性に恥をか
かせないようにしないとね。デートの時は手作りしてくれた
弁当を1/3位残してみたり映画を見ている途中に音をズルズ
ル立ててジュースを飲んでみたり。」
笠原くんは好青年で素敵な男性(ひと)だ。そんな人から普
通では有り得ない事をされるなんて充分お相手の女性達には
むごい仕打ちと私には思えた。それもこれも私との結婚をお
母さんに認めてもらう為なのだ。
『笠原くん、次にお見合いした人と・・もしも・・もしも
だけどね、恋に落ちたらどうする?私の事を思って苦しんで
それでもその女性(ひと)』に想いを寄せる気持ちをどうす
る事もできなかったら。最初は私に悪いと思ってくれるかも
しれないけど、その人への気持ちがどんどん膨らんでゆくの
と同時に私の事が足手まといになると思うの、きっとなる。
物事に100%ないって言い切れる事なんてないのよ。お見合
いをするっていう事はそういう事。笠原くんはそういう部分
は考えてなかったでしょ?お母さんとの取引での事で私の為
そう思って頑張ってくれているのは判るけど、諸刃の剣って
事。私の為にしている事が私との決別にもなり得る事なの。」
思ってもみなかった考えを聞かされて竜司は驚いた。
諸刃の剣、あかねが自分の行動をそんな風に解釈していたな
んて。見合い相手を好きになるはずがないという自信があっ
ての本意ではない見合いだけれど、もしあかねとの出会いの
ような心ときめく見合い相手だったら。
あかねの言うようにそんな出会いが1mmもないとは確かに
言い切れない。しかし、なら母に交換条件を出された自分は
一体どうすればよかったというのだ・・・とも思った。