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なんだかんだと言ってもよほどの事がない限り実の親と絶縁
するなんて難しい話なのだから竜司の提案を聞いてしばらく
落ち込んだけれど2~3日経って、逆にこれで良かったのだ
と思えるようになっていた。
政恵の非常な提案。深く物事を追求する事が出来ないで簡単
にやすやすと政恵の言葉を真に受けて提案を呑み込んでしま
った竜司。
笠原くん、ごめん。私の為にお見合いまでしてくれるみたい
だけどもうこの先の私達の復縁はきっとないかもね。そんな
状況のあかねだったので仕事に支障をきたす事はなかったけ
れど、その後しばらく元気がなかった。
片や、竜司は黒崎あかねとの結婚を夢見て政恵の持ってくる
縁談をこなす日々を送っており疲れはあるものの夢がある分
毎日充実感に満ち溢れた日々を過ごしていた。
そうして日々は誰にとっても平等に流れていく中、黒崎あか
ねにひっそりとビームを送り続ける人間がすぐ側にいた。
本当に信じられない、信じられない世の中だとあかねが実感
したのは離婚してからだ。バツイチになった途端、これでも
かというほどモテた。中には独身もいたがとにかく子持ちの
おじさんに至るまで既婚者からひっきりなしに声がかかる。
流石に7年も経つと落ち着いてきたが、人事異動などで人が
動くと今も、なのだ。
妻も子もいながら何故私を誘うのか!軽く見られているのか
と思うと蹴り飛ばしたくなる。ホント男も結婚して年を喰う
と厚かましくなるようだ。そんなトンでも輩の群れの中で
不埒な言動を一切しない数少ない男性があかねの所属する課
の課長、設樂灯(ともる)であった。仕事は有能だし品行方
正。彼に妻子がいなければお婿さん候補にしたいと思えるよ
うな人物。あかねが尊敬できる数少ない上司のうちのひとり
だ。
最近になり、あかねの様子を密かに見守っているのが何を隠
そうこの設樂であった。他に何人の職員が黒崎と笠原の交際
を知っているかは判らないが、いつだったか読みたい本があ
り駅からそう遠く離れてない書店に行った時、2人が仲良さ
げに書店のある商店街で一緒にいる所を見かけた事があり
そんな事もあってその後も時々2人の動向を気にかけており
おそらく交際しているのではないかと、推測していた。
2人からまだ結婚の話は持ち上がってはいないのだから、一
縷の望みはあるはずだ。
「だめならだめだった時のことさ。」と誰にともなく呟く
設樂だった。
このところあかねに元気がないのも気になっている。案外
2人の付き合いは暗礁に乗り上げているかのもしれない。