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政恵は言った。「私はあなた方の結婚には反対ですよ。」
それを受けたあかねは『賛成していただけるよう頑張って
参ります。』と健気にも返事した。
父も竜司も当たり障りのない言葉を発しただけで、政恵の
言動に、そしてあかねの返事に対しても、何のフォローも
できなかった。
その後食事を済ませたあかねが洗面所に行く為、席を立つと
政恵も同じく洗面所に向かった。洗面所から戻って来たふた
りの様子が対照的だった。あかねは心なしか元気を失くした
ように見え、母親の政恵は機嫌が良かった。
また何か辛辣な事をあかねに言ったのかもしれないと心配す
る一方で、あの辛辣な政恵の質問に涼しい顔で認められるよ
う頑張りますと返していたあかねの心中を推し量れるほど
大人になりきれていない竜司は、決して母親の言動を良しと
している訳ではないけれど、母親の気持ちが変わるまで
あかねとふたり、認めて貰える日を待つつもりでいた。
あんなに頑なに会わないと言ってた政恵が今回あかねに会う
と言ったのだ。時間と共に人の気持ちも変わる、変われると
思っていた。
顔合わせをした翌日、政恵は言った。
「あなたはまだ一度もお見合いした事がなかったわよね?
お見合いを何度かしてみて、相応しいお相手が見つかれば
その方と、そしてどうしても良いお相手が見つけられなか
ったらその時はあかねさんとの事を考えてみてもいいわ。」
数回の見合いであかねとの結婚を認めてもらえるのなら、と
竜司は深く考える事もなく政恵にOKの返事をした。
もちろん決して良い女性がいたらその相手と、などとは微塵
も考えている訳ではない。ただそれで政恵の気が済むのなら
そしてあかねの事を認めて貰えるのならと、見合いする事に
同意したのだ。
それを聞いた兄の稔は、
「竜司、いいのか?そんな事引き受けて。母さんは
本気だぞ。もしお前に釣り合いのとれた相手が現
れたりしたら、あかねさんを泣かす事になって
しまうんだぞ。」と、弟の安易な返事を諌めた。
『大丈夫だって、あかねさん以上に好きになれる相手
なんてこの先現れたりしないし、あかねさんに対する
気持ちには自信ある。彼女を泣かせたりなんかしない
から。僕が望まない限り見合いはまとまらないンだし
ね。見合いをして母さんが気が済むのなら お安い
もんさ。』
「竜司、お前なぁ・・・。 その見合い何回するのか知ら
ないがあかねさんには内緒にしとけ。」
『えっ?そうなの? 僕は黙って見合いするより事情を話し
て見合いの件は知らせておいたほうがいいかと思ってたン
だけど。』
「そうだな、母さんがいっちょかみしてるンじゃ知らせるも
知らせないも大差ないかもしれんな。あまり母さんばかり
に気を取られているとあかねさんに逃げられるぞ!上手く
やれっ、あまり気の利く相談相手になれなくてスマン。
俺もあの人にはお手上げだからな。竜司、あかねさん良い
人みたいじゃないか。父さんが竜司にしては良いお相手を
見つけてきたって褒めてたぞ!」
『ありがと、兄さん。』
竜司は結婚を認めて貰いたい余り目先の事しか見えていない
のだろう。お前がしようとしている事は、時にあかねさんに
対して諸刃の剣にも成り得る事だと気付いているだろうか。
人生の先輩として先を歩く兄は、その自分の心配が杞憂に
終わる事を祈るばかりだった。