私が黙ったまま佇んでいたら・・・
「どーしたの? なにかあった?」と聞いてくれた。
私は胸の内を抑えて普通の声音で尋ねた。
『これ、今日・・こんなメールが届いたんだけど。
誰だか判る?』
私が見せたスマホを覗き込む旭くんの一連の様子を
どんな小さな事も見逃さないという思いで見ていた私。
「あっ、知ってる。 ・・この・・メル・アド
知ってる。」と旭くんは云った。
それを聞いていた私はその場に立っているのがやっとで何も
言葉を発する事が出来なかった。この次の言葉は? どんな
言葉を出せばいいの?次に何を云えばいいのか、なかなか
見つからない言葉を探していたら・・・・
「あかりさん、このメールを送って来た人に心当たりはある
けど、こんな事を云ってくることには全く心当たりが
ないから。」
「あかりさんは何も心配しなくていいよ。僕が好きなのは
あかりさんだけだから。僕は遊びで他所の女の人と付き
合えるほど器用でもないし、時間もない。
独身の時も結婚してからも、その場凌ぎで女の人に
コナをかけた事もない。」
「今ある大切な家族と別れなきゃならないような愚かな事
絶対僕がするはずないから。
明日、あかりさんにもちゃんと納得してもらえるように
するから、心配しないで・・・?」
旭くんは一気に私を安心させる為の言葉をくれた。
それでも一度元夫からの裏切りを経験している私ですもの
20%位はもしかしたら、という気持ちを払拭する事は
出来なかった。
次の日、私は午前中休みを取り旭くんに連れられて
旭くんの本を出版してくれている会社の近くにある
喫茶店に入った。
打ち合わせ通り旭くんとは別れて入り、少し離れた席に
座った。すると一人の女性が旭くんに親しげに話しかけ
てきました。
旭くんは注文もせず、いきなり本題に入った。
「僕の奥さんに変なメールしたよね? どーいうこと?」
《あれっ、澁澤君、もう知ってるの? 奥さんに
疑われちゃった? ちょっとしたジョークだよっ。ドンマイ・・
澁澤君たちの信頼関係がどれくらいかテストした
っていう感じ?
奥さん家出しちゃったとか?
ふふっ、大丈夫だよ。そうなったらさ、私が澁澤君の
奥さんになったげるから。 》
最初は面白がっている様子の彼女でしたが最後の方は
声が強張ったトーンになっていくのが判った。
「山口、こんなのジョークで済まないよ。人の家庭に
波風立てて、何がそんなに面白いんだ。こんなメール
受け取って僕や妻がどんな気持ちになったか想像できない
なんて。僕はそんな人とは友達付き合い出来ない。
今後一切、連絡しないで!
僕の方も二度とこの店にも来ないから。」
《待って!! そんなに邪険にしていいの?》
そう云う彼女の声音が怖いトーンに変わりました。
奥さんに云ってやる。 澁澤くんに弄ばれたって。
澁澤くんから誘って来たのに奥さんにばらされたもの
だから私捨てようとしているって。
奥さん、どっちの云い分を信じると思う?》
私は近くの席で二人の会話を聞きながら旭くんとの
打ち合わせ通り、やりとりを録音した。
一緒について来て良かった、と心から思った。
私はこの現場にいなかったらきっと100%旭くんのことを
信じる事が出来なかったと思うから。
二人は高校の時の同級生なのだとか。
私は録音しながらOrderしたコーヒーを飲み干した。
旭くんが無言で席を立つと彼女が待ってと引き止めた。
《違うの、ちがうの。本当はそんな事がしたかった訳
じゃないよ。旭くんの事が好きで振り向いてほしかった
だけ。
そしたら、奥さん邪魔だモン。 20代で再会した時から
旭くんの事、好きだった。でもその時、旭くん好きな人が
いるって聞いてあきらめた。
でも又この街で再会してやっぱり好きだなって思って
今度は絶対あきらめたくなくって、できる限りあがこうって
思ったの。
ね、成人した娘を持つ年上の奥さんがどーしていいの?
お願い、私の事、真剣に考えてみてほしい、お願い。 》
「妻も娘も義両親も皆僕の大切な宝物なんだよ。他の誰とも
どんな物とも比べられない。僕の大切な人達を傷つける者は
許さない。」
今まで私が見た事もないような冷淡な云い方でシュパッと
彼女を一刀両断し、旭くんは店を出て行った。
少しして、私もそっとその店を後にした。
旭くんが外で待っててくれた。
ふたりでしばらく手を繋ぎ無言で歩いた。
はっきりと好きだ、大切な宝物と云われ、再度何度目かの
幸せを噛み締めたのは結婚から10年目の事でした。
旭くんに付いて行って良かった。言葉だけで否定されても
トラウマを抱えていることもあって、きっと私は心のどこか
で旭くんの事を疑い続けていたと思う。
人を信じる事は、特に異性間においては、恋情が絡むので
難しい。 こんなにはっきりと、私への気持ちを表明して
くれて本当にうれしかった。
これからも一点の曇りもなく信じていけることが、そして
ずっとずっと旭くんを好きでいてもいいことが私を幸せな
気持ちにさせてくれる。
旭くん、大好きだよ。ありがとうね。
未由にも私のように旭くんのような素敵な伴侶が
見つかりますように!!